Picoti-Picota

地面に、散らばるエサ、つつけ、つつけ、ツンツンと

できなくなる人生と、できるようになる人生

私は今36歳で、もうアラフォーといってしかるべき年齢だ。

ただ、幸いなことに環境や仕事や元々の体質のおかげで、実年齢よりはだいぶ若くみえる。

 

まあ「若く見える」と言い張る時点で若くないんですがね。

 

精神年齢もここ10年まるで成長をみせないので、自分が30代も後半なのだということがいまいち納得がいかない。

私の了解を得ぬまま、勝手に年を取るんじゃない、と言いたい。

誰に言いたいんだろう。

 

そもそも小学生ぐらいから「大人になりたくない」と思っていたので、そういう人間はあまり老け込まないのじゃないかなと思う。

とはいえ肉体的な経年劣化は好むと好まざるとにかかわらず出てきてしまう。

それを食い止めるためとか、ちょっと体重増えてきちゃったなとか、その他色々な理由もあって数年前からスポーツジムに通いだした。

 

以前、別の土地に住んでいた頃にも通っていたのだけど、こちらはあまり長続きしないで半年ぐらいでやめてしまったかな。

ぐっさんによく似たスタッフだけが、いつも気さくに声をかけてくれていたんだけど、その他誰ともなじまないまま飽きた。

今のジムは、色々な条件がうまく合致して、やめるどころか年々ハードモードになっている。

 

おかげで、子供の頃からずっと感じていた運動不足、運動神経ゼロ感がなくなって、人生の中で一番運動能力が高い状態なのが今だ。

持久力、瞬発力などの基礎体力がアップしたことはもちろんだし、跳べる・走れる・泳げる・重いものが持てる、と以前できなかったことができるようになっている。

脳内の快楽物質がとまらない。

 

どこかで読んだのだけど、同じ年齢で老けてる人と若々しい人、その差がでるひとつの原因。

「若い頃よりできなくなったこと」が多いか、

「若い頃よりできるようになったこと」が多いか、

にあるとか、ないとか。

 

私は今、できなくなったことよりできるようになったことの方が圧倒的に多い。

できなくなったのは、12時間ぶっつづけでお酒を飲むとか、徹夜で遊ぶとか、それぐらいだしそれはもうやらないでよい。

 

大人になりたくなかった人間は、子供の頃できなかったことを実現することで、今に納得しているんだろう。

それは大人の力、お金でどうにかできるものでは満たしきれないと思う。

子どもの頃と同じような努力で得てこそ、「若い頃よりできるようになった」といえる。

 

私は3度ほど死んでもおかしくない経験があり、それは普段の生活になんの影響も与えていないけど、私の人生観とかには大きな影響を与えていると思う。

私は、長生きしたいし死にたくないし大事な人ほどその死を見届けたい。

同時に、ほぼ毎日のようにいつ死ぬかわからないしな、という前提でものごとを決めたりしている。

「いつか」「そのうち」という言葉があまり好きじゃない。

やりたいことがあれば、すぐにでもやりたい。

やれないなら、一刻も早くやれる状態にしたい。

慌てるなと言われても無理だ、だって来年も生きてる保証がどこにある?

 

なにかができる、というのは、結局そのなにかを「やる」ということだ。

ヒマを見つけては足繁くジムに通い、それなりに痩せて筋肉がつきなぜかブラのカップはアップし、目が大きくなり肌はつやつやして力持ちになったし足も速くなったし挙句の果てにカナヅチの日本代表がクロールなら結構泳げるようにもなった。

周囲の人が言う。

「よくそんなにできるね」

できるのはなぜか、というとよくわからない。

楽しいからとしか言えないし、楽しいは向こうからやってくるものじゃなくて自分で楽しくしていくものだから。

やりたいからやるし、やるなら楽しくしたいし、ジム通いは出来てるんじゃなくやってるんだし。

 

「何を目指しているの?」とも言われる。

当たり前のことながら、外見が今よりきれいになるためにやっている。

誰のためでもなく、自分が自分で鏡をみてうんざりしないで済むように。

お、今日もいいね!と思えるように。そのいいねが続くように。

ナルシストと笑われるかもしれないけど、造形美にこだわるのは職業病みたいなものだし、一生目にして付き合わないといけない自分の造形が、不細工であることはやっぱり不愉快だ。

逆に、不細工だなあと思っていた部分が是正されていくのは気分が良い。

 

さらには、最終的に寝たきり老人にならないためにしているからだろうか。

目標は遠いのだ。ちょっとスマートになったからってやめられない。

これぐらいの年齢にもなると、「一生結婚できない人生」というのも現実味のある選択肢(それも否応なく選ばざるをえない)となってくるので、ひとりで老後を過ごさないとならなくなったなら、やはり最後にものを言うのは体力。

動けて歩けてものが持てることは、お金があることと同じかそれ以上に老後に必要なスキルだ。

生きがいだとかたいそうなものじゃなく、普通に過不足なく生活を送りたい。

だから私は体力のあるうちに体力をつける。

できなかったことができるようになった!といえるうちにできることを増やす。

そのうち、落ち着いたら、ゆとりができたら、なんていったら体力つくまえに死んでしまう。

 

体は資本。死ぬ前にできることを増やさないとね。